鳥海温泉 遊楽里
〒999-8521 山形県飽海郡遊佐町吹浦字西浜2-76
↑鳥海山と日本海に沈む夕日の宿
さぁ!今年こそ会いに行こう♪ 日本百名山 鳥海山を眺める旅へ
春夏秋冬、懐かしい日本の原風景を眺められる宿、遊楽里。話題の映画「おくりびと」で上映された、鳥海山を眺められるスポットまでは宿より車で約10分!「自然」「温泉」「山海の幸」を堪能できる宿。
ホテルフォレスタ鳥海
〒015-0512 秋田県由利本荘市鳥海町猿倉字奥山前8−45
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鳥海旅行記
鳥海山(by benlyさん)
ビジターセンターや山小屋などがある、秋田側の鉾立登山口から入山。
緩やかな登りを歩いて少しで、山形側へ。
一時間ほど、ニッコウキスゲが咲く中をのんびり登ると、鳥海湖が見えるピークに到着。眼前には、鳥海山の山頂も見えます。
ここから40分くらい歩くと、七五三掛に到着。
外輪山と谷のコースに分かれます。
谷のコースを選び、少し下ると、今度は雪渓登り。
真夏でも雪渓がありました。
雪渓を越え、一時間ほど登ると、山頂の神社に到着。
ここから、鳥海山の最高所までは、岩登り。20分ほどで山頂到着。
秋田の雄大な景色が一望できました。
神社裏の雪渓の雪解け水を補給し、外輪山を通って下山。
外輪山コースは、かなり眺めがいいコースでした。
七五三掛まで戻ると、同じコースを鉾立まで下山。
夏の日差しは強かったですが、吹く風は涼しく、気持ちいい登山でした。
フォレスター IN 「フォレスタ鳥海」(by つとたん。さん)
Sと僕の新車購入記念にぶちあげられたこの企画。
集められた6人は初対面だったり、
「一度結婚式であったよね」だったり…。
しかも、当日迎えに行く前に電話をしたら
「え?明日でないの?」と言われる始末。
でもまあ、楽しく行けたでない?
ほんとに小さなドラムバッグ?(ドラムというより
缶サイズ)ひとつの彼女は、中身?ペットボトルと
財布とケータイだけ。
(パンツも入っているらしい)
化粧道具は借りる気で、
アメニティーはホテルにあるでしょ、と。
(ほとんど手ぶらだよ、お前・・・)
で、道の駅めぐりみたいに寄り道しながら、
ワイナリーで一服したり。
でも、気がつくと夜。
暗くなって、さしかも道に迷う。(1台はナビあるのに)
午後8時、なんとか目的のホテル「フォレスタ鳥海」へ。
夜に着いたから気づかなかったけれど、
朝、窓をあけたら、そこにはどーんと、鳥海山。
すっごくきれいだった。
次の日は、のんびり牧場によったり、
鳥海ブルーラインの雪の壁を走りぬけ、
菜の花畑で写真をとったり
日没の日本海で渋滞にはまって、
「なんでぇ」って叫んだり、
結局お帰りが午前様なんてね。
でも、いいGWドライブだったかな。
『日本百名山、山と俳句』(by ちゃおさん)
『日本百名山、山と俳句』
2001.
1.開聞岳 922
<開聞岳 今日を一歩の 五月晴れ> 4.27.
2.宮之浦岳 1935<宮之浦 更に激しき 雨しぶき>
4.29.
3.霧島山 1700 <茜さす 高千穂の峰 拝みけり> 5.03.
4.雲取山 2017 <雲取や 山も波打つ 雲の上> 6.03.
5.大菩薩嶺 2057<裏甲州 峠の茶屋に 菩薩札> 6.17.
6.蓼科山 2530 <ずんむりと 立科の山 石の祠> 7.01.
7.霧が峰 1925 <霧が峯 高原に風 草騒ぐ> 7.02.
8.月山 1984 <月山に 修験者群れて 霞みおり> 8.04.
9.鳥海山 2236 <雲破り 空の鳥海 峰高し> 8.05.
10.岩木山 1625 <岩木山 平野の中に 忽然と> 8.08.
11.金峰山 2599 <五丈岩 真夏の雨も 寄せ付けず> 8.18.
12.富士山 3776 <富士の峰 駿河も見えず 雲の上> 8.23.
13.安達太良山1700<安達太良の 千恵子悲しや 霧に濡れ>9.09
14.八ヶ岳 2899 <赤岳の 峯の正面 茜富士> 9.23.
15.伊吹山 1377 <秋晴れの 伊吹五合目 つづら折り>10.06.
16.奥穂高 3190 <鎖場の クサリ冷たし 奥穂高> 10.20.
17.赤城山 1828 <黒檜山 朝霧破る 猿の声> 11.03.
18.久住山 1787 <山なみの 出湯湯煙 雪九重> 12.02.
19.両神山 1723 <両神に 一年の礼 今日の無事> 12.28.
2002
20.祖母山 1756 <祖母山の 三祠肩寄せ 雪化粧> 1.02.
21.丹沢山 1673 <真白なる 雪の丹沢 修験道> 2.10.
22.阿蘇山 1592 <春の阿蘇 噴煙静か 空に消ゆ> 3.23.
23.剣山
1955 <五里霧中 剣を隠し 山隠す> 5.02.
24.磐梯山 1819 <猪苗代 磐梯囲み 青田かな> 6.05.
25.吾妻山 2035 <残雪や 森閑なりし 西吾妻> 6.06.
26.天城山 1406 <仏法僧 八丁池に 木霊せり> 6.08.
27.槍ヶ岳 3180 <槍見ノ瀬 雲のベールに 槍見えず>7.20.
28.北岳
3192 <北岳や 雲の合間に 山茫洋> 8.04.
29.間の岳 3189 <雲の峯 幾つ崩れて 間の岳> 8.04.
30.筑波山 877 <筑羽根の 万葉のころ 蝉の声> 8.10.
31.荒島岳 1523 <霧晴れよ 風の音のみ 小荒島> 8.23.
32.旭岳
2290 <霧一面 地鳴り不気味に 旭岳 > 8.29.
33.十勝岳 2077 <コニーデの 十勝や見目も 麗しく>8.30.
34.幌尻岳 2052 <幌尻や 山また山の アイヌプリ> 9.01.
35.白馬岳 2932 <強力伝 白馬の盤に 手向けせり> 9.21.
36.五龍岳 2814 <不帰の 嶮越えてなほ 五龍岳> 9.22.
37.後方羊蹄山 1898<しりべしの 衝立隠す 霧深し> 10.12.
38.那須岳 1917 <那須岳の 祠吹雪に 潰されし> 12.08.
39.大山
1711 <大山の 我を試すや 雪つぶて> 12.22.
2003
40.石鎚山
1982
<我寄せず 氷の壁の 石鎚山>
3.9.
41.鳳凰三山 2840 <暖かき 春陽光の 観音岳> 5.4.
42.利尻富士 1721 <霧に霞む 山神秘なり 利尻富士>5.30.
43.谷川岳
1963 <霧深し 谷川岳の トマノ耳> 6.28.
44.蔵王山 1841 <山の紅 蔵王の釜の エメラルド>10.13.
45.八幡平 1613 <初雪を 踏んで真っすぐ 八幡平>10.14.
2004
46.本白根山 2165 <本白根 こまくさの頬 赫くして> 7.16.
2005
47.瑞牆山 2230
<瑞牆の 磐白くして 木々みどり>
5.25.
48.羅臼岳 1661 <地の涯の 知床旅情 羅臼岳>
7.3.
49.斜里岳 1547 <沢登攀 斜里や峻険 命なり>
7.4.
50.雌阿寒岳1499 <己満足 五十座登頂 雌阿寒也>
7.5.
51.剱岳
2998 <嗚呼無念 剱目前 大岩峅 > 7.30.
52.立山(大汝)3015<大汝 峯に足場の 踏み所> 7.30.
53.皇海山 2144 <沢登り 藪こぎ直登 皇海かな> 9.17.
54.武尊山 2158 <日本武尊 良き登山者を 迎へおり> 9.18.
55.奥白根山2578 <天上の 沼静かなり 霧の中> 9.19.
2006
56.トムラウシ2141 <60年 来し方想ふ トムラウシ>
8.5.
57.至仏山 2228 <尾瀬ヶ原 箱庭の人 蟻の列>
9.23.
58.燧ケ岳 2356 <尾瀬沼に 二峰は並ぶ 山紅葉> 9.24.
2007
59.四阿山 2354 <四阿に 花の絨毯 山つつじ> 7.1.
60.御嶽山 3069 <六十座 御山は霧に 隠れおり> 7.25.
四国へ3(by buchijoyceさん)
砥部から33号線をそのまま久万高原町(くまこうげん)へ。
三坂峠から見る山並みは霧がかかっていることもあって山が高く見え、いくつにも重なる山並みは深山幽谷を思わせ美しかった。いいところへ来たなぁ、いや、いいタイミングだった。
久万高原町に入った。久万高原町は4つの自治体が合併して出来た町である。四国の軽井沢、四国の北海道とも言われている。面積は横浜市より広い、なんて下調べはしてあるが、どれが元の自治体のどこだかわからない。とりあえず33号線をくだり、途中「でんこ」と言うお店でお昼を食べた。通りを菅笠をかぶり、雨合羽を着た人たちが歩いていく。はは〜、ここもお遍路さんの道だったのだ。お店の人に「ここはどこですか」と聞くと「久万高原町です」「それは分かっているのですが、久万高原町のどこですか?」「久万です」「すると、ここが中心と言うことですね」
すぐ先のお饅頭屋さんで「おくま饅頭」を買った。なんでもおくまと言う女性が、旅の僧にお饅頭を振舞い、お礼に願い事をかなえてあげると言われ、ここらへんは人が少ないので、大勢の人が来るようにしてくださいと頼むと、僧は願いは必ずかなえてあげると言った。その僧が弘法大師だった。大師は近くにその札所を建て、大勢の人が来るようになった。そこでおくまさんの名前からこの地を久万というようになった、と店の人が説明してくれた。なるほど近くに岩屋寺という札所があった。
ガソリン スタンドでガソリンをいれ、ついでに冷房用のガスも頼むと、倉庫から探してくれた。その間中で女主人と話している。するとそこにKさんの顔写真のついた名刺が置いてあるのをみつけた .そこから話が弾んだ。ついでに余計なお節介で久万高原町の財政などを話している。町民は町の財政なんて知らないものだと思うから。PapasanがKさんに電話をすると、久万高原美術館に寄って行ってという。聞き耳を立て、どんな収蔵品があるの?と聞くと、父が寄贈したものだと言う。なら寄る、と言うと、Kさんも美術館に用事があるから、30分後に美術館でと約束する。お父さんって画家だったのかな??
久万美術館、坂を登ると、もう広々とした庭園の中、と言った感じだ。桜や木蓮、三椏、シデコブシなどが咲き乱れ、美術館を包んでいる。思わず、「お〜、いいね〜」と声をあげる。駐車場に車を止めて、美術館の中へ。靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。ええっ、と思ったら、この美術館すべて木造だった、木の感触がなんとも柔らかで温かい。美術館が出来て20年ほどになるが、当時、木造で美術館を建てるこ とは禁じられていた、が、木材の産地だから地元の檜や杉材を使いたいと申し出て、国から調査団も来てやっと許可が出たということだ。純木造の美術館はおそらくここだけだろうと言う。太い梁、それを支える太い丸い柱。この柱は樹齢80年を越える杉の柱。そうだな、三岸節子の記念館も木材がふんだんに使ってあったが、純木造ではなかったろう。香月泰男美術館は生家を使っているので木造だそうだが。
展示してある作品も、田舎の美術館だから、と思っていたら、どうして、どうしてすばらしい。日本の洋画の草分けとなった黒田清輝、高橋由一、浅井忠もある。村山槐多、萬鉄五郎、長谷川利行などの夭逝の画家たちの作品も並んでいる。鳥海青児もある。これはたのしい。
美術館の下に「みどり」という物産販売所があった。そこでPapasanが蓬入りのうどんを、私たちはぜんざい(おしるこ)を食べながらいろいろ話をした。Kさんは林業不振のため副業としてはじめた野菜のデリバリー「八百屋木っちん」の宣伝の手伝いをしているそう。地元の生産物を茅ヶ崎の知人達に届ける運動を始めたばかりと、目を輝かせて語った。いつも前向きだ。
「アグリピア」に寄っていって、といわれたのでアグリピアに行き、それから内子に向かった。380号線、国道だが、くねくねと山道を走り、途中、一車線になったりと時間のかかる路線だ。途中、大瀬をいうところは大江健三郎の生家のあるところだ。蛇足をいえば、久万美術館に伊丹万作の作品があった。伊丹万作は監督で、伊丹十三は彼の息子、大江健三郎は彼の娘婿である。松山に伊丹十三記念館ができ、設計も空間もすばらしいとKさんに勧められたが、戻ることなく先にすすんでしまった。
内子に着いたが、はてホテルが見つからない。街中のスポーツ店でハイプラザホテルを教えてもらい、丘に登ってきた。前に老人ホームがあり、戸惑ったがホテルはその後。ここは船舶会員の保養所として建てられたようだ。でも空いていれば泊めてくれる。林の中の雰囲気のいいホテル。大きなお風呂は外部からの日帰り入浴も行っている。夕食は美味しかった。カツオのたたきだと喜んだのはいいが、おつくり、煮物、焼き物と品数があり、せっかくの内子豚もPapasanのを半分貰っておしまい。昨夜は疲れてしまい、日記が書けなかったので、今日からつけ始める。
久万美術館(by buchijoyceさん)
知人のKさんに勧められて、久万美術館を訪ねた。
久万美術館、坂を登ると、もう広々とした庭園の中、と言った感じだ。桜や木蓮、三椏、シデコブシなどが咲き乱れ、美術館を包んでいる。思わず、お〜いいね〜、と声をあげる。駐車場に車を止めて、美術館の中へ。
靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。ええっ、と思ったら、この美術館すべて木造だった、木の感触がなんとも柔らかで温かい。太い柱、 それを支える太い丸い柱。この柱は樹齢80年を越える杉の柱。贅沢だねぇ。美術館が出来て20年ほどになるが、当時、木造で美術館を建てることは禁じられていた、が、木材の産地だから地元の木材を使いたいと申し出て、国から調査団も来てやっと許可が出たと言うことだ。純木造の美術館はおそらくここだけだろうと言う。そうだな、三岸節子の記念館も木材がふんだんに使ってあったが、純木造ではなかったろう。香月泰男美術館は生家を使っているので木造だそうだが。
展示してある作品も、田舎の美術館だから、と思っていたら、どうして、どうしてすばらしい。日本の洋画の草分けとなった黒田清輝、高橋由一、浅井忠もある。村山槐多、萬鉄五郎、長谷川利行などの夭逝の画家たちの作品も並んでいる。鳥海青児もある。これはたのしい。
そこへ館長さんがいらして、紹介された。館長室に招かれ、入ると飾ってある写真の男性がKさんそっくりなのに気がついた。館長さんに聞くとはたしてKさんのお父さん、お父さんは林業家で、多くの美術品を収集 されたのだそうだ。現代画廊の州之内さんとか知っている名前が飛び出してくる。館長さんは愛媛新聞の文芸部にいらした方だとか、なかなか幅の広い人だ。これはいい人が館長になってくれた。美術館の運営は館長の力によるところが大きい。トーク・ショウも行われたようだ。
そこで久万美術館で開催された「州之内・井部コレクション展」の立派な図録を買った。装丁がいい。表紙は林武の「星女嬢」(宮城県立美術館蔵)
帰宅して「州之内・井部コレクション展」の図録を開いてみた。コレクターの井部栄治(よしはる)氏(故人)は実業家で、町議、町長、県議等も歴任した人。それにしても、これだけのコレクションをしたのだから、なかなかの審美眼の持ち主だ。それを裏付ける言葉が本の中にあった。
「人間には美はなくてはならない。美があるからこそ、人生に潤いが出来る」「一度美しいものにとりつかれたら、どこまでもそれを執拗に追い求める熱意と根性がなければコレクターとしての資格はない。金と時間さえあれば骨董なんか自然に手に入るものだという考えは間違っている。美を発見する目と美に 対する熱情とが、われわれを駆り立て、それを獲得するまでは一歩も譲らないと言う気概がなければ、美術品を集めることはできない。」
そうだろうなぁ。井部氏の情熱を注いで集められた美術品、それを寄贈されて出来た久万美術館、久万高原へ行くことがあったら、是非ともたずねてほしい美術館である。